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彫刻家 丑久保健一 お知らせ

丑久保健一についてのお知らせです。
展覧会の情報や丑久保健一に関する最新情報を随時載せています。
丑久保健一の彫刻作品は、直接みて何か感じ取っていただけたらと思っています。展覧会開催の際は是非お立ちよりください。


丑久保健一 お知らせ・最新情報

 
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自若

20090712西山様3.JPG

Vol.9 2009.7.14
ボールは打ち合わせ室に、「意味」とか「美」とか「用」から離れ、自若としてあります。

U市   M.N.

20090712西山様2.JPG
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銭形

20090711銭形1.jpg

Vol.8 2009.7.13
 丑久保さんと私は30年くらい前に知り合いました。ちょうど丑久保さんが文化庁の奨学生としてニューヨークにいらした頃のことです。
 その後、丑久保さんが海にボールを置く計画を立て、なんとおもしろいことを考えるのだろうと思った私は、特大のボールをわけてもらえないかと丑久保さんにお願いすることになりました。その時のボールが写真左側の大きいボールです。私の父は美術品が好きでいろいろな作品を買い集めておりました。しかし、私自身がお金を出しても欲しいと思った作品は丑久保さんのボールが初めてなので、その時のことを今でもよく覚えているのです。
 また、右側の小さいボールにもたくさんの思い出が詰まっています。20年前、私どもの銀座のお店「銭形」のビルの地下に、「親父の部屋」というギャラリースペースにもなる部屋を作りました。しかし、ギャラリーとしてだけでは成立せず、宴会のお客様も部屋に入れることとなりました。その時に丑久保さんから譲っていただいたのがこのボールです。作品としては小さいものですが、私にとってはこの木目の美しいボールこそが最高の作品だと思っていましたので、譲っていただいたときは大変うれしく思いました。
 そしてお客様にもこの作品をじかに触れてもらおうと、「親父の部屋」に転がしておいたのですが、これが大失敗でした。冬場、畳代りに敷いたホットカーペットの上にボールを置いたのですが、木は生き物、熱によって作品が割れてしまったのです。これにはさすがの丑久保さんも怒りました。何とか作品の穴は埋めてもらいましたが、このときのことは今でも大変申し訳なく思っています。
 いまはビルの改装などをした関係で、地下に「親父の部屋」はありませんが、お店はビルの4階と5階で営業しているので、これらのボールもそちらに展示しています。また、丑久保さんのその他の作品も階段などにたくさん飾ってありますので、ご覧になりたい方はぜひ一度、「銀座・銭形」まで足をお運びください。
 以上、ボールの近況でした。

C区   Y.S.
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我が家で元気

20090708立松和平様階段1.JPG

Vol.7 2009.7.9
陸のピースは丑久保健一氏が制作した当時とまったく変わらず、我が家で元気です。

S区  W.T.

20090708立松和平様階段2.JPG
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発電所美術館

20090707長縄宣様1.JPG

Vol.6 2009.7.8
丑久保さんの好きだった暗がりの導水管の穴の中に置いて撮影してみました。
発電所美術館で個展をされたとき、新作の「赤の間(あわい)」という作品を展示した場所です。
闇が塊になっていて、さらにその穴から「闇」を覗くという作品でしたね。
この「1・0・∞のボール」は、美術館で行っている「発美展」で年1回は必ず展示しています。
いまだにお客さんは、木をボールのようにへこませたと思い込む人が多く居て笑ってしまいます。
落語の好きな丑久保さんらしい面白みかも知れないです。

N町  S.N.

20090707長縄宣様2.JPG
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ガラス戸棚のなかで眠っていました

090708川田数様.jpg

Vol.5 2009.7.7
健一さんは私より4っつ年上でした。20歳代は良く遊びに行き,夜が明ける頃まで酒を飲みながら、いろいろな話をしたものです。
ボールもすっかり忘れ去られたように、ガラス戸棚のなかで眠っていました。そんな時手紙を頂き、今から30年以上も前の、健一さんのそして私の青春の日々が思い出されてきました。

ボールですが、小さい方が径20センチ、大きい方は25センチです。今から30数年前譲っていただいたものです。小さい方はこの手の作品を作り出して初期の頃のものです。大きい方は、たぶん1984年、原画廊で個展があった時に見に行って購入したものです。お昼頃だったので近くの店でラーメンをご馳走になったのを覚えています。

K市 K.K.
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