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彫刻家 丑久保健一 お知らせ

丑久保健一についてのお知らせです。
展覧会の情報や丑久保健一に関する最新情報を随時載せています。
丑久保健一の彫刻作品は、直接みて何か感じ取っていただけたらと思っています。展覧会開催の際は是非お立ちよりください。


丑久保健一 お知らせ・最新情報

 
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もう 梅雨あけ
Vol.139

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梅雨があけてしまいました。
いっきに猛暑の日々が始まりました。
ボールの上に芽生えた小さな植物も乾いてしまうことでしょう。

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一番小さなボールの二片の間にアマガエルがいました。ちょうどハエがとまりました。うまく捕まえられる時もあるのでしょうね。

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第2回春季展が終わりました
第2回春季展が終わりました。
始まった頃あたりは田植えの真っ最中でした。今では苗もすっかり大きくなって田んぼは一面の緑です。時折蛍が家のほうまで飛んできたりします。
そんな宇都宮市のはずれまでお運びくださったみなさま本当にありがとうございました。
第1回、2回と来てくださった方、初めて来て下さった方、昔から丑久保の作品をみてきてくださった方、みなさまの感想の中にたくさんの新しい発見と感動がありました。

仕事場には40年前、丑久保20代後半の作品を一点展示しました。
第一回北関東美術展大賞を受賞した「点の棲息」と同じ年に制作された作品「ピアノ線」です。

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自宅ギャラリーの展示の様子です。

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また来年同じ時期に春季展を開催する予定です。ぜひお越しください。
それまでみなさま、お元気で良い時間をお過ごしください。
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一番小さなボール
Vol.138
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どんなに冬の木枯らしが吹き荒れても、どんなに大きな台風が来ても台座から一度も落ちたことのないボール達でしたが、ふとみると一番小さなボールの台座に何もありません。二つの小さな木片は台座の足もとの地面に落ちていました。拾ってみると持っているとは感じられないほど軽い。よく遠くまで吹き飛ばされなかったものです。

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6月10日はボール記念日
Vol.137

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6月10日は時の記念日ですが、ボール記念日でもあります。
今から26年前の1987年6月10日、「一・0・∞のボール」の108個のボールが銚子沖の黒潮の上に置かれ、「海のピース」が生まれました。

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なぜ、丑久保健一が108個のボールを海に置こうと考えたのか、「一・0・∞のボール 海のピース」について説明してもなかなかうまくお伝えすることが出来ません。第2回春季展の展示の中で希望された方には海に置いた時の様子を放映したテレビ番組のDVDを視ていただいています。映像と立松和平さんの言葉の力には説得力があります。

ここで少し「一・0・∞のボール」についてお話させていただきたいと思います。
丑久保健一が欅でボールを作り始めたのは1970年の半ばの頃です。ひとつふたつ三つと数を増やし、やがて108個という数に至ります。制作の過程でボールを海の上に置きたいという想いが湧きます。
へこんだボールを制作するきっかけとなったのが実家のそばの小学校の校庭に置き忘れられた少しへこんだボールの情景でした。広い校庭にぽつんとボールが置かれている。ボールはボールらしく膨らんだものではなく、少し空気が抜け上がへこんでいます。丑久保の意識に常にあった「緊張と緩和」の状態。広い空間意識は、美術学校卒業後移り住んだ宇都宮市大谷町の採石跡の巨大な空間に身を置いた経験が大きく影響しています。

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「1・0・∞のボール」には「海のピース」と「陸のピース」そして個人や会社、学校などにコレクションされている「もうひとつの陸のピース」があります。
「海のピース」と「陸のピース」はそれぞれ108個の欅のボールでひとつの作品になっています。
「海のピース」は1987年6月10日銚子沖の太平洋の黒潮の上に置かれました。
「陸のピース」は全国の展覧会に出品されています。今年は4月に「モダンアート協会展」(東京都美術館)に展示されました。11月には栃木県立美術館で開催される「みる、ふれる、きくあーと」展に展示される予定です。
そして、戸外に置かれて自然に還っていく4個のボールがあります。

以前にも掲載しましたがもう一度立松和平さんの文章を載せたいと思います。「ボール記念日」に読んでいただければ幸いです。

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『素材は地球』  立松和平                                                                    
丑久保健一さんにその計画を打ち明けられた時、この人はなんということを考えるのだろうとあきれたものだ。欅で丹精込めてつくった作品のボールを、太平洋に流そうというのである。黒潮にのせれば、北太平洋を北上して、アラスカからカリフォルニア沖を南下し、赤道反流にのっかってまた黒潮の源流に戻るという。つまり、海流にのって作品が太平洋を永遠にへめぐるというのである。 
作品の数は、陸のピースが百八個、海のピースが百八個である。百八個を海に置くと、陸のピースと呼びあうという。何故この数かといえば、108はすなわちこうだ。「1」はは始源であり、「0」は無、そして、「8」は横にすると「∞」で無限を表す。つまり、この世のすべてを表現するというのだ。                   
 百八といえば、仏教で人間の持つ煩悩の数のことだと教えるところだが、丑久保流の解釈ではわたしたちのいる世界のすべてだということになる。地球を彫刻するということにもなる。こんな大きな発想をする彫刻家を、他に私は知らない。
 私は作品を海に「流す」といって丑久保さんにたしなめられた。ボールはあくまで「置く」のである。永遠の運動体へと木のボールを高めるのだから、確かに流すのではない。 置く現場に、私は立ち会うことができた。友人等数人で船を出して沖にいったのでは、仲間うちの自己満足になりかねない。そこで私はテレビ局の友人にはたらきかけて番組をつくり、全国の人々に目撃してもらおうとしたのである。
 銚子沖の黒潮の波に置かれた百八個のボールは、列をつくって順々に旅立っていった。太平洋の巡礼のようだった。丑久保さんは地球を素材とした彫刻をしたのだ。百八個のボールには百八通りの運命が待ちかまえていたのだろうが、今も私の心の中に、そしてたぶんテレビを観た多くの人の心の中に、回りつづけているのだ。
 丑久保健一さんは大きな大きな彫刻をなしたものである。

〈丑久保健一展 1992年 アートフォーラム谷中 図録より〉
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春季展3
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今回の案内状の写真の作品「懸垂線の見える風景」は200cm×80cm 厚さ5cmの水楢の板を削った4点の作品で構成されています。展示する空間によって配置が考えられていましたが、作者がいなくなってからは最初に発表した檪画廊(東京)での配置を基準にしています。
今回のセッティングでひとつの部屋に収めようとしましたがどうしても収まりません。作品が伸びてくるのです。となりの部屋まではみ出してようやく落ち着きました。
夜、ブラインドを開けると外にもうひとつの「懸垂線の見える風景」が闇の中に浮かびます。オレンジ色に光る曲線の輪郭を持つ4枚の板はそれぞれが〈懸垂線の見える風景〉なのか、〈懸垂線の見える風景〉の中にあるのか。〈懸垂線の見える風景〉に向かって黒い水面を漕ぎ出して行くようにもみえるのです。
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